「サラリーマンの『実力』って、一体なんやねん」
22年間のMR生活の中で、俺はずっとこの疑問を抱えてきた。
会社が決めた方針を、自分の意見を殺して実行する。
たまたま運良く出た結果を、さも自分の手柄のように「尾ひれ」をこれでもかとつけて報告する。
上の人間に気に入られるために、誰にも負けんくらい媚を売る。
もし、それが「実力」やと言うんなら、俺は一生かかってもそんなもん手に入れられへんし、手に入れたいとも思わんかった。
そんな不条理な世界から抜け出すために、新卒2年目から株式投資を始め、ようやく手に入れた「FIRE」という自由。
なのに、なぜ俺は今、またしても「FX」という、精神をすり減らす戦場に舞い戻ったのか。
1. 15年前から続く「自分への問い」
俺とFXの出会いは2010年。
かれこれ15年も前や。
当時はFIREを目指す手段の一つとして必死に勉強した。
勝ったり負けたり、中断したり復活したりを繰り返してきたけど、正直に言おう。
「まだ、継続して勝てる領域には達してへん」
でもな、可能性は感じとるんや。
「FXは、正しい努力を継続すれば、本当に勝てるようになるのか?」
この問いに対する答えを、自分の身をもって確かめたいという強烈な欲求。
これが俺を動かしてる。
2. 「ヒリヒリした刺激」はいらん。欲しいのは「自己実現」だけ。
よく「FIRE後の暇つぶしやろ?」とか「刺激が欲しいんやろ?」と言われるけど、それは断じて違う。
負けトレードで精神を揺さぶられるのは楽やないし、将来不安を埋めるためにやるにはFXはあまりに過酷や。
俺が求めてるのは、マズローの欲求5段階説で言うところの**「自己実現欲求」**。

組織の論理も、上司の顔色も関係ない。
自分の分析、自分の判断、自分の規律。
その「個の力」だけで、世界中のプロが集まる市場から利益をもぎ取れるのか。
この挑戦こそが、俺にとっての「あるべき自分」への道なんや。
3. FXという「透明な戦場」の魅力
株の長期投資(守り)とは別に、なぜ短期トレードのFX(攻め)なのか。
それは、FXが「証拠金取引」であり、レバレッジという武器を使えるから。
そして何より、**「結果が数字として残酷なまでに正確に出るから」**や。
MR時代の「尾ひれをつけた報告」はここでは通用せえへん。
負けたら自分の責任。勝ったら自分の実力。
この透明でフェアな(そして残酷な)世界こそが、サラリーマン組織に向いてなかった俺にとって、一番納得感のある場所なんやな。
4. 家族の理解と、俺の覚悟
「お父さん、またギャンブルやってるわ」 子供にそう思われんように、俺は勝てる根拠(エビデンス)が得られるまでは、大きな資金は動かさへん。
これは嫁とも共有しとる「ルール」や。
今はブログの執筆に集中してるから、1ヶ月ほどチャートからは離れとる。
「やりたくて震える」なんて依存症みたいな衝動はない。
ただ、静かに、淡々と、次のバックテストの準備をしとるだけや。
5. まとめ:証明して見せる。
普通の元サラリーマンが、15年の空白と格闘を経て、本当にFXで食っていけるようになるのか。
これは、俺の人生をかけた「人体実験」や。
ふんわりした成功談なんていらん。
FIREした俺が再び泥をすすりながら、FXでどう這い上がっていくか。
そのプロセスを、これからもこの「FXドキュメンタリー」で刻んでいく。
ほな、今日はこのへんで。

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