【必読】45歳家族4人で3億円達成した俺の源泉徴収票を全公開

FIREを目指すと「普通」が変わる|45歳で資産3億円FIREした俺が失った価値観と得たもの

「最近、付き合い悪くなったな。」

30代になってから、この言葉を何回言われたかわからへん。

飲み会を断る。

休日出勤を断る。

出世競争にも興味を示さへん。

会社のために自分の時間を削ることもなくなった。

周りから見たら、「仕事への熱量が下がった人」やったと思う。

でも、自分の中では違った。

人生で一番、本気になっていた時期やった。

仕事じゃない。

FIREや。

30歳で人生の優先順位を変えてから、45歳で資産3億円を築いてFIREするまでの15年間、自分は一つのことだけを考えて生きてきた。

「この選択は、自由な人生に近づくんか?」

そして2025年4月、ついに俺は自由な人生を手に入れた。

この記事では、お金の増やし方じゃなく、FIREを目指すようになると何が変わるのかを書いてみたい。

多分、この話は投資本にも、FIRE本にも載ってへん。

でも、自分が45歳でFIREできた理由は、この考え方にあったと思っている。


目次

30歳までの俺は、ごく普通のサラリーマンやった

24歳で株式投資を始めた。

「会社に依存しない人生を送りたい。」

そんな思いは、入社2年目くらいから何となく持っていた。

でも、その頃は会社が嫌いやったわけではない。

むしろ好きやった。

尊敬できる上司がいて、面倒見のいい先輩がいて、一緒に働く仲間にも恵まれていた。

仕事は正直、自分に向いているとは思わへんかった。

出世したいとも思わへんかった。

それでも、「この会社で頑張ろう」と思えるくらいには愛着があった。

ところが30歳の時、その会社が買収された。

あの日が、自分の人生で一番価値観が変わった日やった。


会社は、自分が思っているほど永遠ちゃう

製薬業界では、会社の買収や合併は珍しくない。

他社が買収された後、社員がどうなるかも何度も見てきた。

だから、自分の会社が買収されると聞いた瞬間、真っ先に思った。

「もう、この会社には長くおられへんな。」

嫌な予感は当たった。

営業所は再編され、尊敬していた上司も先輩もバラバラになった。

好きやった会社は、数か月で別の会社になってしまった。

その時に気付いた。

どれだけ会社が好きでも。

どれだけ頑張っても。

会社の都合一つで、人生は簡単に変わる。

その現実を初めて受け入れた日やった。


「退職金1,000万円」で人生が変わると思った

買収後、希望退職の募集が始まった。

社員一人ひとりに封筒が配られ、中には退職金の金額が書かれていた。

入社7年半の自分に提示された金額は、ほぼ1,000万円。

封筒を見た瞬間、頭に浮かんだのは会社への未練やなかった。

「この1,000万円を投資したら、FIREが一気に近づく。」

営業所も変わる。

上司もいなくなる。

それなら、このタイミングで転職しよう。

そう思って応募し、転職活動も始めた。

ところが数日後、人事部から一通のメールが届く。

「希望退職は受理できません。」

あの日のことは今でも忘れられへん。

もらってもない1,000万円やのに、まるで失ったかのような喪失感やった。

しかも、気持ちはもう次の人生へ向いている。

「残れ」と言われても、もう戻ることはできへんかった。

結局、自分は通常退職を選び、退職金は200万円ほどになった。

当時は悔しかった。

でも今なら思う。

あの出来事が、自分の人生を変えてくれた。

30歳で、会社との付き合い方を全部変えた

この出来事を境に、自分の中で会社の位置付けが180度変わった。

1社目に入社した頃は、「会社で頑張ることが人生を良くすること」やと思っていた。

でも30歳以降は違う。

会社は人生の目的やない。

自分の人生を豊かにするための手段や。

そう考えるようになった。

この言葉だけ聞くと、「仕事を適当にやるようになった」と思われるかもしれへん。

でも、それは違う。

勤務時間中は全力で働く。

営業として成果も出す。

任された仕事は責任を持ってやる。

そこは社会人として当たり前やと思ってた。

ただ、それ以上は求めんようにした。

勤務時間を超えてまで会社へ時間を差し出さない。

休日まで仕事のことを考えない。

評価のためだけに無理をしない。

その代わり、会社の外で使える時間は全部、自分の未来へ投資した。

投資の勉強をする。

本を読む。

資産形成について考える。

FIREした人のブログを読む。

その時間の積み重ねが、15年後の自由につながると信じていた。


出世よりも、「時間」を選んだ

30歳を過ぎてから、一つだけ決めていたことがある。

出世を目指さない。

もちろん、給料が上がるのは嬉しい。

ボーナスが増えるのも嬉しい。

でも、そのために自分の時間まで会社へ渡したいとは思わへんかった。

営業という仕事は、やろうと思えば仕事はいくらでも増える。

営業成績をもっと伸ばす。

社内プロジェクトへ参加する。

管理職を目指す。

休日に勉強会へ行く。

全部やれば評価は上がるかもしれへん。

でも、その代わりに失うものがある。

時間や。

自分にとって一番価値があったのは、お金より時間やった。

勤務時間が終われば帰る。

休日は投資の勉強をする。

資産形成について考える。

将来の自由を買うために、今の時間を使う。

その方が、自分には何倍も価値があると思っていた。

だから勤務時間以上に時間を取られそうな仕事は、できるだけ断った。

もちろん、「やりません」と突っぱねるわけやない。

営業として結果を出す。

だからこそ、「今は難しいです」と言える立場を作っていた。

サボっていたわけやない。

会社へ人生を預けることをやめただけや。


飲み会を断り続けたのも、全部理由があった

30歳以降、「付き合い悪いな」と言われることは増えた。

会社の飲み会。

ゴルフ。

休日のイベント。

誘われることは多かった。

でも、本当に行きたいと思ったもの以外は断った。

飲み会一回で5,000円。

二次会まで行けば1万円近くになる。

年間で考えたら、何十万円にもなる。

そのお金を投資に回したらどうなるか。

10年後。

15年後。

複利の力で、何倍にも増える可能性がある。

そう考えたら、自分の中では答えは決まっていた。

もちろん、友達との食事まで全部断っていたわけやない。

本当に会いたい人とは会う。

家族との時間も大切にする。

でも、「断りにくいから行く」という付き合いは全部やめた。

周りから見たら変わった奴やったと思う。

でも、自分は何も我慢してへんかった。

欲しい未来を選ぶために、今を選んでいただけや。


人生の判断基準は、一つだけになった

30歳から45歳まで。

15年間、自分の中には一つだけ変わらへんルールがあった。

「その選択は、FIREに近づくんか?」

転職するか。

投資するか。

お金を使うか。

時間を使うか。

全部この基準で決めた。

だから迷うことは少なかった。

世間の普通より、自分のゴールを優先する。

同期が昇進しても焦らへん。

高級車を買っても羨ましがらへん。

家を建てても、自分は投資を優先する。

目指しているゴールが違うんやから、比べる意味がない。

30歳で人生の優先順位を書き換えたことで、自分の中から「周りと比べる」という感覚は少しずつ消えていった。

そして、その考え方は、後に訪れる大暴落や会社の希望退職騒動でも、自分の心を支えてくれることになる。

あの1か月半で、「自由に生きる」という意味がわかった

1社目を退職した後、有給休暇の消化で約1か月半の休みがあった。

社会人になって7年半。

そんなに長い休みを取ったことは一度もなかった。

しかも、その時の休みはただの有給とは違う。

休みが終わっても、元の会社へ戻る必要はない。

7年半のサラリーマン人生で初めて、「仕事のことを一切考えんでええ時間」を手に入れた。

毎朝、目覚まし時計はかけへんかった。

でも、不思議なくらい自然に6時半頃には目が覚める。

7年半、毎日その時間に起きてきたからやろう。

体が勝手に覚えていた。

起きたら、ゆっくり朝ごはんを食べる。

コーヒーを淹れて、新聞を読んだり、本を読んだりする。

「急がな間に合わん。」

そんな朝は一切ない。

それだけで、朝の景色がまるで違って見えた。

コーヒータイムが終わると、近くの公園へランニングに行く。

それまでは土日しか行ったことがなかった公園や。

だから、人がたくさんいるのが当たり前やと思っていた。

でも平日に行ってみると、誰もおらへん。

聞こえるのは鳥の鳴き声と、自分の足音だけ。

「あれ…。」

「こんな静かな場所やったんや。」

ベンチに座って水を飲みながら、ぼーっと景色を眺めていた。

あの時間は、今でも忘れられへん。

ランニングを終えたら、ゆっくり昼ごはんを食べる。

午後は投資の本を読んだり、映画を観たり、好きなことをする。

夕方には買い物へ行く日もあった。

土日にしか行ったことがなかったショッピングセンターは、人も少なく、レジも並んでへん。

道も渋滞してない。

「人気のある場所ほど、平日に来る方が快適やん。」

そんな当たり前のことを、30歳になって初めて知った。

高級ホテルに泊まったわけでもない。

海外旅行へ行ったわけでもない。

贅沢な生活をしていたわけでもない。

でも、あの1か月半は、それまでの人生で一番心が満たされていた時間やった。

その時、はっきり気付いた。

「自分はお金が欲しかったんちゃう。」

「この生活を、一生続けたかったんや。」

この1か月半が、自分にとって初めての「疑似FIRE」やった。

だから、有休消化が終わって転職先へ向かう日も、不安より覚悟の方が大きかった。

「またサラリーマン生活が始まる。」

そうは思わへんかった。

「この自由を手に入れるための戦いがまた始まる。」

そんな気持ちやった。


45歳でFIREした今、30歳の自分へ伝えたいこと

あれから15年。

3回転職した。

リーマンショックも経験した。

コロナショックも経験した。

中国株では資産が3,000万円近く減った。

400万円投資した会社が不正会計で上場廃止になり、お金が紙くずになったこともある。

テスラへ資産を大きく移した時も、正直怖かった。

「ほんまにこれでええんか。」

何回も自分に問いかけた。

でも、一つだけ後悔してへんことがある。

30歳で人生の優先順位を書き換えたことや。

会社を人生の中心にせえへん。

出世を人生の目標にせえへん。

世間の「普通」を追いかけへん。

自分が本当に欲しい人生から逆算して、お金も時間も働き方も選ぶ。

あの日そう決めたから、45歳で資産3億円を築き、FIREという目標を達成できた。

もし、あの会社が買収されてへんかったら。

もし、希望退職が受理されて1,000万円をもらっていたら。

もし、転職してへんかったら。

今とは違う人生になっていたかもしれへん。

でも、それを考えても意味はない。

人生は、起きた出来事をどう使うかやと思っている。

自分は、会社の買収という出来事を「不幸」で終わらせんかった。

人生を変えるきっかけにした。

それが、今振り返ると一番大きかった。


FIREとは、お金持ちになることやない

「FIREしたいです。」

そう言われることがある。

でも、自分はいつもこう思う。

FIREはゴールやない。

本当のゴールは、その先にある。

朝、目覚まし時計なしで目が覚めること。

平日の昼間にランニングへ行けること。

混雑していない時間に好きな場所へ行けること。

理不尽なことや無駄なことを我慢せんでもええこと。

自分の時間を、自分で決められること。

45歳でFIREして思うのは、お金そのものよりも、この「選択できる毎日」の方が何倍も価値があるということや。

もし今、会社へ行くのがしんどい人がおるなら。

毎朝、ため息をつきながら家を出ている人がおるなら。

一つだけ伝えたい。

人生は、会社が決めるもんやない。

上司が決めるもんでもない。

自分で選ぶもんや。

30歳の時、自分はその選択をした。

そして15年後、「あの時の自分は間違ってへんかった」と胸を張って言える。

もしこの記事が、誰か一人の人生の優先順位を考え直すきっかけになったなら、それ以上に嬉しいことはない。

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この記事を書いた人

就職氷河期世代の元サラリーマン。22年間製薬会社でMRとして勤務後、45歳でFIRE達成。4人家族を養いながらコツコツと資産を積み上げた道のりを、きれいごとなしで発信していく。

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