「就職氷河期世代」という言葉を聞いたとき、あなたはどう感じるか。
懐かしさ?苦い記憶?それとも「あの時代のせいで人生が狂った」という怒り?
俺は1980年生まれ、就職氷河期のど真ん中の世代や。その経験が、FIREを目指すことへの強烈な動機になったと今でも思っとる。今日はその話をするわ。
就職氷河期とは何やったのか
まず知らない世代のために説明しておく。
バブル崩壊後、有効求人倍率は1993年から2005年まで1を下回り続けた。最悪期の1999年には0.48倍まで低下した。つまり求人1件に対して2人以上が応募しても全員は雇えない状態や。
就職率も惨憺たる状況で、1991年の81.3%をピークに低下を続け、2003年には55.1%と最低記録を更新した。
内閣府の定義では1993年から2005年に大学や高校等を卒業し就職活動を行った世代が就職氷河期世代に該当する。1980年生まれの俺は2003年に大学を卒業しているので、まさにど真ん中やった。
俺たちの世代が特に苦しかった構造的な理由
就職氷河期が特に苦しかったのは、景気だけが原因やなかった。
人口構造の問題もあった。就職氷河期世代には団塊ジュニア世代(1971〜1974年生まれ)とポスト団塊ジュニア世代(1975〜1984年生まれ)が含まれ、団塊ジュニア世代だけでも毎年約200万人が生まれ、全体で約800万人にもおよぶ圧倒的な人口ボリュームがあった。
少ない求人を、ものすごく多い人数で奪い合う構造になっていたわけや。
しかも俺が就職した製薬会社には、バブル期に大量採用した少し上の世代がすでに溢れかえっていた。年功序列の日本企業では、上に人が多ければ当然ポストが詰まる。頑張って出世しようとしても、構造的に管理職ポストが回ってこないことは、入社した時点でほぼ見えていた。
これは個人の努力でどうにかなる話やない。人口構造の問題やから、耐えていれば解決する話でもない。
年功序列も終身雇用も、俺たちの時代には終わっていた
さらに追い打ちをかけるように、日本型雇用の崩壊が始まった。
2000年代前半の小泉政権による労働者派遣法の規制緩和で非正規雇用がさらに増加した。年功序列も終身雇用も、俺たちの世代には当てにならへんものになっていた。
バブル世代以上の人たちは「真面目に働いていれば年功序列で給料が上がり、定年まで会社が守ってくれる」という前提で人生設計ができた。でも俺たちにはその前提がなかった。
出世競争は熾烈で、勝ち残れる保証もない。かといって負けても会社が守ってくれるわけやない。
「自分の人生は自分でコントロールするしかない」——就職氷河期世代は、好むと好まざるとにかかわらず、そういう現実を突きつけられた世代やと思う。
だからこそ、FIREへの親和性が高い
この経験が、FIREへの動機に直結したと俺は思っとる。
会社に依存できないとわかっていれば、早いうちから「自分の資産を作ること」に真剣になれる。年功序列が機能しないとわかっていれば、「出世競争に乗るより別の道を探す」という発想が生まれやすい。
就職氷河期世代は、ある意味で**「会社に頼らない生き方」を最初から強いられた世代**や。
その経験がFIREという概念と出会ったとき、「これや」と思えた人間が俺だけやないはずや。
就職氷河期世代へのメッセージ
同世代に伝えたいことがある。
俺たちの世代は確かに、スタートラインで理不尽な目に遭った。でも、その経験が「自分の人生を自分でコントロールする」という意識を誰よりも強く持たせてくれたとも思っとる。
就職氷河期世代は2026年現在で40代から50代、1700万人以上いる。この世代の多くがまだ現役で働いている。FIREを目指すには遅すぎるということはない。
今からでも節約・投資・転職という3本柱で資産を積み上げることはできる。俺の22年間の経験がその証明になれば、このブログを書いている意味がある。

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