正直に言う。
FIRE直前の俺は、仕事へのやる気がほぼゼロやった。
20年以上、同じ業種の同じ営業職をやり続けてきた。転職を3回しても業種は同じ。この仕事で新しく得られるものは、もう何一つない——そう感じていた。
管理職への出世欲もない。他部署への異動希望もない。ただ、資産構築のタネ銭にするための給料をもらうことだけが、仕事をする唯一の目的になっていた。
だから毎日考えていたのはこれだけや。
「1日の仕事をいかに短時間で終わらせるか。余計な仕事にはいかにタッチしないようにするか。」
そんな俺に、最後の試練が訪れた。
「ゲロ吐きそうな上司」がやってくる
営業部署の組織変更があり、チームの上司が変わることになった。
事前の噂はこうやった。
「ゴリゴリに野心家で出世欲が強い。周りを蹴落として管理職に上り詰めた人物。」
俺は思った。
「ここにきてそんなめんどくさい上司と仕事するのは、ゲロ吐きそうや。」
でも同時に、こうも思っていた。
「もし理不尽な仕事やムダな仕事を強要してくるなら、真っ向勝負したろか。こっちには失うものはあまりないし。」
FIRE目前で資産も積み上がっていた俺には、会社への依存度がほぼなかった。ある意味、最強の状態やった。むしろ余計にやる気を失う準備をしていたくらいや(笑)。
噂と真逆の上司やった
ところが、いざ一緒に働いてみると——
噂とはまったくの逆さまやった。
膨大な内勤業務の合間を縫って、少しでも時間ができれば現場に出てきて一緒になって得意先に頭を下げてくれる。本社からの理不尽な指示には、一緒になって抗議してくれる。いつも部下のことを気にかけてくれる。
絵に描いたような、ええ上司やった。
俺は決めた。
「この人が上司の間だけ、もう一度真剣に仕事に取り組もう。」
サラリーマン最後の1年間
それから1年間、俺はFIREが具体的でなかった最初のころのように、積極的に仕事に取り組んだ。
FIREへの影響?正直、特にプラスにもマイナスにもならへんかった。
でも、それはそれで楽しかった。久しぶりに仕事に熱を入れることができた1年間やった。
そして奇しくもその1年間が、サラリーマンとしての最後の1年間になった。
あの上司と出会っていなかったら、俺のサラリーマン生活は「やる気ゼロのまま終わった22年間」として記憶に残っていたかもしれへん。でも今は違う。最後にええ思い出を作ることができた。
人生、何があるかわからへんな、とつくづく思う。
まとめ:FIREを目指すことと、今を楽しむことは矛盾せえへん
FIREを目指していると、今の仕事や生活を「我慢の時間」として捉えてしまいがちや。
でも俺のサラリーマン最後の1年間が教えてくれたのは、FIREを目指しながらも、今この瞬間を楽しむことは全然矛盾せえへんということや。
ええ上司、ええ同僚、ええ環境——そういうものに出会ったときは、素直に全力を出してええ。それはFIREへの道のりを遅らせるどころか、人生を豊かにしてくれる。
22年間のサラリーマン生活、最後の1年間がいちばんええ思い出になったのは、俺にとっての宝物や。

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