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会社員をやめたいと初めて思った日のこと――就職氷河期世代の俺がFIREを目指した理由

はっきり言うわ。入社1年目、俺はもう会社やめたかった。

「いやいや早すぎやろ」って思うよな。でもな、理由を聞いたら共感してくれる人、絶対おると思うんよ。

就職氷河期のど真ん中で、何十社も面接受けて、やっとの思いでつかんだ外資系製薬会社やのに、や。入社前の俺は「外資系製薬会社で管理職になったら、人生勝ち組や!」って本気で思っとった。今思えば、なんと純粋な青年やったんやろか(笑)

自己分析も業界研究も死ぬほどやった。やっとたどり着いた場所やった。胸には希望。足取りは軽い。入社式の俺は完全に「ガンガン出世したるでぇ!」モードやった。

……1年後、その幻想は静かに、しかし確実に崩れ始めた。


目次

「これを65歳まで続けるんか」という、じわじわくる恐怖

学生時代には区切りがあったやろ。中学、高校、大学と3〜4年ごとに新しいステージが始まって、環境も人も自分も変わっていった。

ところが会社には、そういった区切りがない。

営業現場に出て1年が経ったある日、ふと気がついてしまったんよ。

このまま毎年同じことを繰り返して、65歳まで生きるんか。

怖い。普通に怖い。お化け屋敷とは全然違う種類の、ジワジワ系の恐怖や。

さらに追い打ちをかけたのが、平日も休日も関係なく届く業務指示メール。今でこそワークライフバランスなんて言葉が当たり前になったけど、当時そんなことを口にしようものなら「根性なし」のレッテルを貼られる時代やった。

会社員でいる限り、一生24時間、このメールの締め切りに追われながら生きていくんか。

これはもう恐怖を通り越して、軽い絶望やで。


頑張っても報われへん。これは「やる気スイッチ」を破壊する

違和感はそれだけやなかった。

大きな成果を出しても、評価はそれに見合わへん。当時の会社は外資系のくせに業績による差がつきにくい評価体系で、どれだけ爆走しても昇給やボーナスへの反映は「あ、これだけ?」レベルやった。

さらに、俺が入社した時代は「MR大増員時代」やった。

慢性疾患に使う長期服用の薬、いわゆる「ブロックバスター」が次々と誕生していた時期で、各製薬会社が数百人単位でMRを短期間にかき集めとった。当然、同世代の社員が異常に多くなる。

そうなると何が起きるか。管理職のポストをめぐる椅子取りゲームが過熱するんよ。

そしてその椅子を取るのは、営業成績が優秀な人間やなくて、上司へのゴマすりと社内政治に長けた人間やったりする。俺の目にはそう映った。

実力で勝負できる世界やない、と悟った瞬間やった。

やる気スイッチ、完全破壊。


新卒2年目、「アーリーリタイア」を目指すことにした

当時はまだ「FIRE」という言葉は存在せえへんかった。今でいうFIREは「アーリーリタイア」と呼ばれていた時代や。

入社からわずか2年。俺は静かに、しかし明確に決意した。

自分の力でお金を作って、会社に縛られへん人生を手に入れる。

まず貯蓄。そして株式投資。

サラリーマンとしての仕事は続けながら、誰にも言わずにもう一つの人生を積み上げ始めた。

そしてそれから約22年後、45歳で目標の資産額を達成して、会社員生活にピリオドを打った。

長かった。ほんまに長かった。でも、やり切った。


このブログについて

俺はごく普通の会社員やった。特別な才能があったわけでも、起業したわけでも、親から資産を受け継いだわけでもない。

ただ、就職氷河期の荒波にもまれながら、コツコツと資産を積み上げた。失敗もした。遠回りもした。「もうやめようかな」と思った夜もあった。

それでも、数字は嘘をつかへんかった。

このブログでは、そのリアルな道のりを書いていくで。数字も、失敗も、「あのときこうしておけばよかった」という後悔も、包み隠さず正直に。

「FIREを目指しとるけど、何から始めればいいかわからへん」「自分みたいな普通の会社員にも、ほんまにできるんか」って思っているあなたに、少しでも具体的なヒントを届けられたらと思っとる。

きれいごとは書かへん。それだけは約束するわ。

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この記事を書いた人

就職氷河期世代の元サラリーマン。22年間製薬会社でMRとして勤務後、45歳でFIRE達成。4人家族を養いながらコツコツと資産を積み上げた道のりを、きれいごとなしで発信していく。

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