2025年3月末にFIREしてから、よく思うことがある。
それは、
「よくあんなムダと理不尽な世界で20年以上もやってこれたな」
ということや。
FIREしたことで仕事のストレスが消え、時間にも余裕ができた。
すると逆に、昔感じていたモヤモヤを冷静に振り返れるようになった。
当時は「仕事ってこんなもんやろ」と思い込もうとしていたけど、今振り返ると、あの違和感はかなり根深かったと思う。
今回は、FIREした今だからこそ見えてきた「会社員時代の違和感の正体」について書いてみたい。
若手時代は、普通に“仕事を頑張る側”の人間だった
誤解されたくないけど、最初から会社員が嫌いやったわけではない。
むしろ若い頃はかなり仕事を頑張っていた。
大学時代に思い描いていた理想の社会人像は、
- 仕事で成果を出す
- 高収入になる
- 管理職になる
- プライベートも充実させる
みたいな、ごく普通のものやった。
実際、入社してから最初の5〜6年くらいは猛烈に働いた。
朝8時から営業して、帰宅は夜8〜9時。
深夜0時や1時まで仕事することも普通にあった。
営業成績も営業所内で1〜2位レベル。
でも、出してる成績ほど社内で評価されてる感はなかった。
社内営業が嫌いで一切してなかったからや。
その頃から少しずつ違和感が積み上がっていった。
その頃の話はこっちで詳しく書いてるから、また読んでみて。

最初に強烈な違和感を持ったのは「管理職の先輩」だった
会社員2年目くらいの頃やったと思う。
ある管理職の先輩社員が、休日にも常にノートPCを持ち歩いていた。
理由を聞いたら、
「管理職になると、休日もメール返さないと仕事が追いつかない」
と言っていた。
その瞬間、かなり衝撃を受けた。
正直、
「え、そんな人生をずっと送るのは絶対嫌や…」
と思った。
当時はまだ若かったし、「仕事は大変なもの」と思っていた。
でもその一方で、
「出世した結果がこれ!?」
という感覚も強かった。
会社員人生の“ゴール地点”みたいなものが見えてしまった感覚やった。
成果を出しても、評価が完全に比例するわけではなかった
もちろん会社なので、成果だけで全て決まるわけではない。
それは理解している。
でも、自分の中には昔から、
「結果を出した人が正当に評価されるべき」
という価値観がかなり強かった。
ただ実際の会社組織は違った。
- 年功序列
- 社内営業
- 上司との相性
- 根回し
- “波風立てない能力”
こういうものもかなり重要になる。
これは別に1社だけの話ではないと思う。
転職を3回経験したけど、多少形が違うだけで、本質はどこも似ていた。
もちろん社会は人間関係で成り立っている。
だから調整能力も大事。
でも、自分は昔から「社内政治」がかなり苦手やった。
成果よりも、
- 誰と仲がいいか
- どの派閥にいるか
- どう立ち回るか
みたいな部分が見えるたびに、少しずつ会社員という働き方への違和感が強くなっていった。
「このまま定年まで働くのは無理かもしれない」と思い始めた
若い頃は、
「とりあえず頑張っていれば何とかなる」
と思っていた。
でも30代に入る頃には、かなり現実が見えてきた。
管理職になれば責任は増える。
でも自由は減る。
給料は増えても、時間はどんどん削られる。
しかも会社という組織は、自分が思っているほど“個人”を見ていない。
その頃から、
「この働き方をあと30年続けるのは無理やな」
と思うようになった。
FIREを本気で目指すようになったのは“会社への不信感”が大きかった
もともと節約や投資はしていた。
さっき紹介した、2年目の衝撃があった。
ただ、その頃はまだ「少しでも資産形成できたらいいな」くらいの感覚やった。
でも、本格的にFIREを意識するようになったのは、自分の会社の吸収合併を経験してからやった。
そのときに強く感じた。
「会社は最後まで社員を守ってくれる存在ではない」
ということを。
もちろん会社もビジネスなので当然ではある。
でも、長年会社に尽くしてきた人たちが、組織変更や人事で簡単に立場が変わっていく姿を見ると、かなり価値観が変わった。
そこで初めて、
「会社に依存しない生き方を作らないと危ない」
と本気で思うようになった。
FIREを目指してから、会社への見え方がさらに変わった
FIREを目指し始めると、不思議なことが起きる。
それまで“普通”だと思っていたことに、どんどん違和感を持つようになる。
例えば、
- 意味の薄い会議
- 形式だけの提出資料
- 上司向けの仕事
- 社内向けアピール
- 無駄な残業
- 評価制度
こういうものに対して、
「これ、人生の貴重な時間を使う価値あるんかな?」
と思うようになった。
たぶん一番大きかったのは、
“時間の価値”への感覚が変わったこと
やと思う。
FIREを意識すると、「お金」よりも「時間」の方が大事やと気づく。
すると、会社員社会の多くが“時間をお金に交換している”ことに気づいてしまう。
今振り返ると、違和感の正体は「自由の少なさ」だった
FIREした今だからこそ分かる。
自分が会社員時代に感じていた違和感の正体は、
「自由の少なさ」
やったんやと思う。
- 起きる時間
- 働く場所
- 一緒に働く人
- やる仕事
- 優先順位
その多くを、自分では決められない。
もちろん会社組織なので当然ではある。
でも、自分は昔から、
「自分で決めたい」
という感覚がかなり強かったんやと思う。
だから会社員社会との相性に、少しずつズレが出ていった。
FIRE後は「時間の主導権」が完全に戻った
FIRE後に一番大きく変わったのはここや。
時間の主導権が完全に自分に戻った。
- 起きる時間も自由
- 働くかどうかも自由
- 誰と関わるかも自由
この感覚はかなり大きい。
もちろんFIRE後も悩みはゼロではない。
でも、少なくとも「理不尽に人生の時間を削られる感覚」はほぼなくなった。
それだけで幸福度はかなり変わる。
FIRE後に初めて気づいた「会社員脳」
FIREしてから面白かったのは、会社を辞めても最初は“会社員の感覚”がかなり残っていたことや。
例えば平日の昼間。
自由な時間のはずなのに、
- 「今こんな場所にいていいんかな?」
- 「明日の準備てなんかあったっけ?」
- 「上司から電話かかってきてないかな?」
ふとこんなことが勝手に頭をよぎる。
資産形成して、自分で選んだ生き方をしているだけなのに、どこか“働いていないことへの罪悪感”が残っていた。
たぶん長年、
- 朝から会社へ行く
- 常に翌日以降の仕事の準備をする
- 毎日同じ時間に動く
という生活を続けてきたことで、自分でも気づかないうちに「会社員の価値観」がかなり深く染み込んでいたんやと思う。
FIRE後しばらくして、その感覚が少しずつ薄れていった。
すると逆に、
「会社員時代って、想像以上に時間も感覚も会社に支配されていたんやな」
と思うようになった。
今振り返ると、自分が感じていた違和感の正体は、単なる仕事の辛さではなく、
“人生の主導権を持てていない感覚”
やったんやと思う。
FIREしてわかったことをまとめてるから、よかったらこっちも読んでみてや。

まとめ
FIREした今だからこそ分かる。
自分は昔から、
- ムダで生産性のない会議
- 社内政治
- 理不尽な評価
- 時間を奪われる働き方
に対して、ずっと違和感を持っていた。
若い頃はそれを「社会人なら当たり前」と思い込もうとしていたけど、本音ではかなり苦しかったんやと思う。
だからこそ今ははっきり言える。
FIREは単に「仕事を辞めること」ではない。
“人生の主導権を自分に取り戻すこと”
なんやと思う。


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